1)東京でのインテリアの仕事を経て、海外留学へ
最近、自分自身の「インテリアデザイナーとしての今まで」を振り返ることがありました。
あるイベントで司会をさせて頂いたことがきっかけでした。
今年は、私にとっても、妊娠を機に人生の転機を迎えつつもあります。
今回はそんな私のインテリアデザイナーとしての、今までを振り返って書いてみようと思います。
長くなるので4つのテーマに分けます。まずは(1)から。
1)東京でのインテリアの仕事を経て、海外留学へ
1) 日本でのインテリアの仕事を経て、海外に行くまで
今でこそイギリス生活ですが、私の人生の最初の30年は日本にいました。
子供の頃から何かを作ったり、部屋をあれこれ工夫するのは好きでした。
物作りが好きな家族に囲まれて、何かをつくることに前向きな環境で育ったことは、今の私に大きく影響しているように思います。
でも、インテリアの仕事に興味を持ったのは社会人になってから。
一人暮らしをしたマンションがお気に入りでした。
“より居心地良く、快適に過ごせる場所にしたい!”と雑誌や本を探りながら、インテリアを工夫するようになったのが、今の私の原点でした。
そんな中で「インテリアコーディネーター」の資格を取り、住宅のインテリアコーディネートをする仕事に就いたのです。
当時の仕事は、新築住宅の内装選定でした。
家具、照明、カーテンの提案、販売、納品まで。モデルルームのお仕事もありました。接客や現場に行くのも大好きで、納品した時のお客様の喜ぶ顔が見られるのは何よりの楽しみでした。
とても楽しく毎日が充実していましたが、そのうちあるジレンマが芽生えてきました。
何だか、「建築とインテリアが分かれているなぁ」と思ったのです。
当時の仕事は、すでに間取りが決まった後の物件、建売の物件のコーディネートが主でした。
マンション含め、日本の都市圏では一般的だと思います。
すでに出来上がった間取りの中では、お客様の夢を実現させるのが難しいことが多々あったのです。
基本的に、お客様はご新居に夢を膨らませています。
例えば、
リビングに大きなL字のソファを置いて家族全員で寛ぎたい!
大きなダイニングテーブルを置いてホームパーティーをしたい!
というご要望をお持ちだったとします。
それなのにリビングの大きさや形がそれに合わない。
全体的なスペースは、決して狭いわけでもないのです。
もっと家全体から、間取りから、インテリア作りをスタートできたら良かったなぁ、、と思ったのです。
それと共に、昔から思っていた外国への興味というものもありました。
「世界を見たい、暮らしてみたい」というのは学生時代からの夢でした。
でも、私が育った環境は全くそれと縁のない環境でした。
母からは危険だからと反対されたり、周囲に外国に住んでいる知人もおらず、私にとっては高いハードルでした。
でも働き出してからもその夢を忘れることはできず、ずっと気になっていたのでした。
「本当はこういうこと、してみたかったんだけどね。。。」
出来なかった理由を並べて、自分はいつかそんな風に思うのだろうか。。
そんなの嫌!
と、諦められないことを心に引きずり続けるよりも、チャレンジしよう!と心の中で決めました。
まずは計画と準備を始めました。
働きながら毎月決めた額を必ず貯金する。貯金口座を作り、せっせと毎月お金を移しました。その額が上がる度に夢に近づくようで嬉しかったのを覚えています。
自分なりに英語学習も始めました。会社が提携していた英会話学校に通ったり、TOEIC対策もしました。
今にして思えば、
できない理由というより、しない理由なのでした。
仕事があるから、
親が、お付き合いしている彼が反対しているから、
戻ってきたら、どうなるのかわからないから、
並べればいくらでも出てきます。
でも詰まるところ、
「自分の勇気がなかった」のです。
「怖かった」ただそれだけです。
行く前は「行けば満足する」と思いましたが、結果的にはここがスタート時点になってしまったと、今は思います。
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